2012年9月12日水曜日

韓国電力が天文学的赤字:日本の3分の1の電気料金

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JB Press 2012.09.06(木)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36041

韓国電力が天文学的赤字、政府機関を提訴へ
政府は「実力社長更迭」で対抗か

 2012年は韓国の夏も暑かった。7月末から8月にかけては連日気温が35度を超えた。
 オフィスでも家庭でもエアコンがフル稼働状態だったが、韓国政府は「力ずくの節電」で昨年夏の「ブラックアウト直前の悪夢」再現を阻止している。
 一難去ってまた一難。
 今度は「格安電気料金」のせいで、天文学的な赤字を抱える韓国電力が政府に反旗を翻した。

大臣より偉い韓国電力社長

 「韓国電力社長、更迭か」――。2012年9月4日。
 韓国の主要紙にこんな記事が一斉に掲載された。
 韓国の独占電力会社である韓国電力の金重謙(キム・ジュンギョム)社長(62)が就任からわずか1年で更迭される可能性が高まり、政府が後任人事の検討に入ったという内容だ。
 韓国電力は上場企業だが、政府が51%超の株式を保有する公企業でもある。
 人事権は政府が握っており、昨年、金重謙氏を「大物社長」として迎え入れた。

 何が大物かと言えば、李明博(イ・ミョンバク)大統領と近い経営者出身だからだ。
 出身大学は大統領と同じで、現政権で主流の高麗大学。
 建築工学を専攻し、大統領が長年勤務した現代建設に入社した。
 学校も会社も大統領の後輩だ。
 現代建設では建築部門でスピード出世を続け、大統領も歴任した社長まで上り詰めている。
 こんな人物が韓国電力社長に就任したことから、「(監督官庁である)知識経済部の長官より偉い韓電社長」とまで呼ばれた。
 こんな偉い社長が任期を2年も残して「更迭」というのだから、異常事態だ。
 というのも、この大物実力社長は、なんと、政府機関を提訴して、政府と全面対決の道を選んだからだ。

 一体どういうことか。

日本の3分の1の電気料金の秘密

 韓国の電力料金は、ざっと日本の3分の1と言われる。
 韓国は原発比率が高いとはいえ、もちろんそれだけが「低料金」の秘密ではない。
 実は電力コストを下回る価格で韓国電力が電気を供給しているのだ。
 韓国の電力供給システムはこうだ。
 韓国電力は、政府機関である韓国電力取引所を通して、「発電会社」(今は韓国電力の子会社)から電力を購入する。
 この電力を、韓国電力が、企業や家庭に販売・供給することになっている。
 韓国電力が購入するコストは、発電コストをもとに電力取引所などが算定する。
 一方で、韓国電力が販売する価格(電力料金)は、政府が決めることになっている。
 物価抑制を重視する政府は、電力料金の引き上げに消極的で、韓国電力は、高い電力を購入して安く売るという「逆ザヤ」状態が続いている。
 だから韓国電力はここ数年赤字が続いている。
 この赤字を経営努力で解消させようと、政府は、4年前にLG電子時代に「コストカッター」として恐れられた元最高経営責任者(CEO)を韓国電力社長に起用した。
 しかし、あまりの大きな逆ザヤになすすべもなかった。

天文学的な営業赤字

 そこで「切り札」として登場したのが、金重謙社長だった。
 金重謙社長も人件費抑制などできる限りの手は打った。
 だが、2012年1~6月期の決算で、韓国電力は4兆3532億ウォン(1円=14ウォン)という過去最大の「天文学的営業赤字」(韓国電力)を計上した。
 この決算を見ると、韓国電力の苦悩がよく分かる。
 なにしろ、電力を販売した収入が23兆ウォンだったのに対し、電力の購入費用が25兆ウォンに上っている。
 政府に決められた価格通りに売買をしただけで、これだけの赤字が出てしまうのだ。

 特に2012年1~6月期は、前年同期に比べ電力購入費用が28%も増えてしまった。
 これは、原子力発電所の故障が相次ぎ、発電コストの高い火力発電所の比率が上昇してしまったからだ。
 それでも、電力料金は一定のままで、これでは赤字が増えるのも当たり前だ。
 韓国電力によると、電力購入費用と減価償却費を合わせると営業費用の95%に達する。
 人件費は2%に過ぎず、「自助努力での赤字削減は不可能」だという。
 このため、金重謙社長は、電力料金の大幅引き上げを政府に繰り返し要請してきた。
 2012年4月には13%、7月にも11%の引き上げを政府に要請した。

電力料金大幅値上げ要求に政府は応じず

 しかし、「物価安定」を重点政策に掲げる政府は「5%以上の値上げなどとんでもない」という立場で一貫した。
 結局、8月に4.9%の引き上げを実施しただけだ。
 これに激高したのが金重謙社長だ。
 韓国電力は上場企業でもあり、赤字の垂れ流しを放置することはできない。
 巨額の赤字が続いたことで、公企業といえども資金調達にも障害が出始めてきた。

 「大物社長」の次の一手は「政府との全面対決」だった。
 電力料金の引き上げが阻まれたことから、韓国電力が標的にしたのは、電力の購入額を決めている電力取引所などだ。
 8月末に、不当な電力コスト算出によって損害を受けたとして電力取引所などを相手に4兆4000億ウォンという巨額の損害賠償請求訴訟を起こすと発表した。
 高く売ることができないのなら、安く買うだけ、というわけだ。
 公企業が政府機関、つまり政府に真っ向から逆らって訴訟まで準備する。さすが大物社長だが、政府がこれで引き下がるはずもない。
 韓国メディアの「更迭報道」は、こんな経緯があったのだ。

 いくら大統領たっての人事だったとはいえ、金重謙社長にとっても韓国電力社長のポストは鬼門だった。
 前任のLG電子元CEOも同じようなコスト構造から政府に料金の大幅引き上げを求めたがかなわず、1期3年の任期をわずかに残して辞任した。
 金重謙社長も、「コスト構造の壁」を跳ね返せなかった。

夏と冬は「電力の綱渡り」

 金重謙社長には、それ以上に大きな重圧もかかっていた。
 2011年の社長就任直前に、電力需給の読み間違えから韓国で「ブラックアウト直前」の危機が起こったのだ。
 電力消費の伸びに供給が追いつかず、韓国ではここ数年、夏と冬に「電力の綱渡り」が続いている。
 今年の夏も、危機が叫ばれていた。
 「危機回避」が金重謙社長にとって最大かつ最優先の課題だった。
 これは何とかしのぎつつある。
 なにしろすごい「節電」だった。

 筆者は、毎朝、地下鉄で通勤しているが、7月初めから
 「我が国はエネルギーの99%以上を輸入に依存しています・・・」
という車内放送が流れる。
 何のことかと思いきや「・・・節電へのご協力を」ということだ。
 蒸し暑いのに、しょっちゅうエアコンを切るのだ。

力ずくの節電で効果も

 日本は、室内の設定温度を緻密に計算して調整する。
 韓国も今年の夏は、ビルの温度を26度にするように指示が出たが、それだけではなかった。
 筆者の会社のビルは、午後2時前に放送が流れた。
 地下鉄と同じように「エネルギーの大半を輸入しており・・・」で始まるが、仰天したのは
 「ということで、2時から30分間、全館のエアコンを切ります」
というのだ。
 電力需要のピーク時にエアコンを切ってしまう。
 まさに「力ずく」の節電だった。
 これにはほとほと参ったが、大きな効果があったようだ。
 市内では、エアコンをつけてドアを開け放しにしている商店には「罰金」を科すことになり、区の職員などが頻繁に「巡回」していた。
 それでもすれすれだったが、何とか、危機をしのぎつつあるのは、こうした節電PRと工場など大口ユーザーの全面的な協力があったからだ。
 金重謙社長は、こうした危機回避に忙殺されたはずだ。
 韓国紙のデスクは、「金重謙社長に対しては政府内に別の不満もあった」という。

 現代建設出身の金重謙氏が韓国電力社長に起用されたのは、もう1つの目的があったという。
 原発輸出促進がそれだ。 
 韓国は2009年にUAE(アラブ首長国連邦)から原発建設を受注した。
 李明博政権は「戦略輸出事業」として大きな期待を寄せた。

原発商談でも期待

 原発商談のためには、オペレーターとしての電力会社の協力も不可欠だ。
 現代建設社長として多くの海外商談を手がけた金重謙社長には「海外商談」での手腕も期待したという。
 ところが、その後のトルコやベトナムでの商談で韓国勢が期待通りの成果を上げられず、「これも不満の1つ」だという。
 利益を出し株価を上げるだけでなく、電力供給にも責任を持ち、電力料金も抑える。
 原発商談にも力を入れろ――。
 上場公企業という特殊性のため、韓国電力社長は、こういう相容れないいくつかの課題を課せられるのが宿命だ。

 ある経済人はこう説明する。
 「電力料金の構造が今のままでいいと考える政府関係者も経済人もいない。
 金重謙社長は、李明博大統領に近いと見られ、いずれにせよ現政権の間だけの任期と考えていたのではないか。
 だから、思い切って問題提起をするために政府機関提訴と言っているのではないか」

 日本の3分の1という格安の韓国の電力料金も、大きな曲がり角にあるのだ。

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玉置 直司 (たまき・ただし)Tadashi Tamaki
日本経済新聞記者として長年、企業取材を続けた。ヒューストン支局勤務を経て、ソウル支局長も歴任。主な著書に『韓国はなぜ改革できたのか』『インテルとともに―ゴードン・ムーア 私の履歴書』(取材・構成)など。2011年8月に退社。現在は、韓国在住。LEE&KO法律事務所顧問などとして活動中。





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